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柿次郎ブログ

どこでも地元メディア「ジモコロ」の編集長として47都道府県を取材してます

24歳で急逝したラッパー「不可思議/wonderboy」と「生きた挙動」が残した言葉

●映画『Living Behavior 不可思議/wonderboy 人生の記録』

先日、映画『Living Behavior 不可思議/wonderboy 人生の記録』を観て来ました。「死」をテーマにしたドキュメンタリー映画であると同時に「生」への印象を強く残す内容で、しばらく頭から離れなかったので頭の整理をつける意味でちょっとまとめてみます。不可思議/wonderboyに興味を持って辿り着いた人のためにも。

純情な青年でありながら孤高のポエトリーラッパーだった不可思議/wonderboyは、何を感じて何を考えていたのか。全てを懸けて伝えようとしたものはなんだったのか。私たちが受けとったものはなんだったのか。死んでしまった今、もう本人に聞くことはできない。しかし今だからこそ明らかになる物語があるはずだ。急逝から3年。未公開映像や関係者インタビューを元に、彼の生きた輪郭をもう一度描いていくドキュメンタリー。彼が大好きだったというPerfumeのMVを手がける注目の映像ディレクター関和亮監督のもと、懐かしくて新鮮な不可思議/wonderboyが映し出される。

 

●不可思議/woderboyとの出会い

不可思議/wonderboyというポエトリーラッパーを好きになったのは、彼が24歳という若さで急逝した後のこと。むしろ2011年発表のアルバム『ラブリーラビリンス』を聴いて、「こんなにも美しい詩の世界観と清流のように言葉を紡ぎだすラッパーがいるんだ!」と彼の死を知らないまま、素晴らしいアーティストとの出会いに感動していたほどで。

その後、彼が残した数々の楽曲に触れるうちに色んな感情が渦巻いて、その思いは一晩だけの共演で不可思議/wonderboyと意気投合した神戸のポエトリーラッパー「神門(ごうど)」の『pellicule』を聴いて決壊しました。

 

 

「Pellicule」は、不可思議/wonderboyが学生時代の友人に向けて制作した曲。神門が不可思議/ wonderboyの死に対する思いを乗せてアレンジしたのが『上弦/下弦』収録の神門ヴァージョンの「Pellicule」なんですが、元々の歌詞とリンクする部分が多くて、背景を知らない人からしたら神門がすべて綴った歌詞なんじゃないかなと錯覚するぐらいの内容に仕上がっています。等身大の友情。もう一度酒を酌み交わしたかったという悔しさ。いやね、もう、オリジナル版と聴き比べるとマジで泣けるんですよ……!

 

谷川俊太郎が引用した「生きた挙動と死の回避行動」 



生きているということ 生きているということ

生きて生きて生きて生きて 生きているということ

のどがかわき 木漏れ日がまぶしいということ

ふっと或るメロディを思い出すということ


生きているということ 生きているということ

鳥がはばたき 海がとどろき 

かたつむりははうということ

あなたと手をつなぐこと

生前、彼は谷川俊太郎の詩「生きる」をポエトリーラップとしてアレンジして発表しています。元の詩の強靭な強さと繊細さ。不可思議/wonderboyというフィルターを通して「生きる意味」を説いたこの曲は、皮肉にも彼の死をきっかけに完成したんじゃないかと思わざるを得ません。

こんなにも生を渇望した表現者が、若くして死んでしまったという現実。受け手のエゴだと言われても仕方ないのかもしれないけれど、残した作品が死後に輝く例は枚挙にいとまがないでしょう。このあたりは映画『Living Behavior 不可思議/wonderboy 人生の記録』のプロデューサーである草彅洋平さん(東京ピストル)が素晴らしい表現で紹介しています。

 

そして谷川俊太郎の詩を歌にした「生きる」の映像を見ました。これは文学好きの僕にガッツリ刺さりました。長年詩に親しんできましたが、高田渡友川かずきばりに詩と音楽が初めてうまく融合しているように思えました。「生きているということ」と連呼しながら「死んでいる」という摩訶不思議なこの事実は何なんでしょうね? 聴いていると涙が出ました。これは間違いなく“文学”なんだな、と思いました。不可思議くんをヒップホップとして聴くと「痛い人」になりますが、「文学」として聴くとしっくりきたんですね。

不可思議/wonderboyのドキュメンタリー映画発表について - トークのイチロー就活日誌

 

また、映画の中で谷川俊太郎に不可思議/wonderboyの映像を見せるシーンがあります。そこで谷川俊太郎は、イギリスの哲学者「O.S.ウォーコップ」の『生きた挙動と死の回避行動』という考え方を引用し、「人間は本来生きるために素直な行動を取る生き物。現代は医療や薬に頼って延命するなど死から回避する行動が目立ちすぎている。その点“彼は生きた挙動”そのものだ」と評していました。

約18年。日本のヒップホップを聴き続けていてその理由はなんだろうか?と、時折考えていたんですが、この『生きた挙動』そのものこそヒップホップの魅力そのものなんじゃないかと気づいたわけです。貧しい黒人文化の中で楽器を必要とせず、己の声と身体だけで政治的主張をするべく生まれたヒップホップ。豊かな日本では、不器用なまでの表現方法を揶揄し、客観視を前提としたサブカルチャー的な楽しみ方が広がりつつあるものの、人を惹きつける根っこの部分はここにあるのではないでしょうか。

 

余談ですが、一緒に観に行った友人の感想も紹介しておきます。

「俺の挙動は不可思議wondeboyほど生きているだろうか? あんなに小っ恥ずかしいほどストレートな表現ができるだろうか?」って考えちゃいました。

Twitterとかが隆盛な今の時代は、人からどう見られるかに過敏すぎる時代でもあって、でもだからこそ他人の評価なんか気にせず身を削って表現してる人は輝く時代でもあると思うんです。大森靖子さんとか、テレクラキャノンボールとか、新日本プロレスとか、みんな生きた挙動で“今”を生きてるなって思えて、だから魅力的で。

その中に“今”を駆け抜けすぎた不可思議wonderboyはもういないけど、「いつか来るその日のために」という曲の中で彼が投げていた小石の波紋は対岸へ届きつつある。そんなことが強く信じられる映画でした。

 

●売れるコンテンツは「生きた挙動」を描いている説

よくよく考えると豊かな国でヒットしたコンテンツは、極限状態における「生きた挙動」を描いたモノが多いんじゃないか?という仮説を立ててみました。平たくいえばサバイバルを題材にした作品。アメリカで今最も人気のあるドラマ『ウォーキング・デッド』は、ただのゾンビ作品に収まらないような人間の極限的思考を描いています。

ゾンビよりも生き残った人間の方が圧倒的に恐ろしく、それらの理不尽な欲望を回避すべく、主人公は生きた人間を殺す理由を正当化し、ときに気が狂うほどの葛藤に苛まされ、リーダーとしての資質を発揮し、生き残る道を画策します。これも「生きた挙動」といえるのかもしれません。

他にも戦時中の物語とはいえ百田尚樹の『永遠のゼロ』『海賊とよばれた男』など、多くの人の心を動かす作品は、生きるために必死ながらも、美徳を貫いた男たちを描いています。そこにビジネス的な成功論や体系化したノウハウを織り込んだベストセラーもいくつか頭に浮かんではこないでしょうか。まぁ、「生きた挙動と死の回避行動」という考えた方は色んな事柄に適応させられるので試してみてください。最近は「マンションを買う行為は死の回避行動だ!」と断罪しています。

 

●まとめ

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完全に話がズレましたが、映画『Living Behavior 不可思議/wonderboy 人生の記録』は決して間口は広くないものの、不可思議/wonderboyというポエトリーラッパーに少しでも興味が湧いたのなら、彼の楽曲に心を動かされたのなら、ぜひ観てもらいたい作品です。この映画を形にしてくれた草彅洋平さんには感謝の言葉しかありません。

直近では2月24日(火)に渋谷WWWで関係者によるプレミアライブ付きの上映会が予定されていますが、残念ながらチケットはSOLD OUT。今後各地で上映される可能性は多いにあるので、それまでは不可思議/wonderboyが残した音源を楽しんでください。以下、オススメの楽曲を貼りつけておきます。

 

今この瞬間を、生きろ。

 

 

●不可思議/wonderboy YouTube









●一番は彼のCDを買うことですね!

ラブリー・ラビリンス

ラブリー・ラビリンス

 

 

さよなら、

さよなら、

 

 

不可思議奇譚

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