読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

柿次郎ブログ

どこでも地元メディア「ジモコロ」の編集長として47都道府県を取材してます

オラの仲間募集! 組織に縛られない「編集部隊」の可能性

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/e/eaidem/20161116/20161116163536.jpg

どうも、柿次郎です。熊に気をつけてくださいね。

さて、Webメディアから派生したキュレーションメディア、オウンドメディアがここ数年話題になっています。どこかの誰かが海外から持ち込んだ横文字なんでしょうけど、一過性の熱は“早すぎる時代の流れ”とともに停滞へ。苛烈な競争のなかで消えていくメディアが圧倒的に増えています。

仮に継続していたとしても、一時期のような話題性が掴めず、雲散霧消なWWWの世界で漂っているだけ…。これはジモコロにも全然可能性がある話で、それほどに難しい時代に突入しているのではないでしょうか。入れ替わり早いよなぁ…やだなぁ…。

 

あぁ〜!! 心細い!!

戦国時代に伍長感覚でウロウロするのこえぇ!!

 

仲間の背中は守れても、騎馬隊に襲われたら多勢に無勢で即死。圧倒的な資本力がモノを言う世界になってきたら、僕みたいな小兵なんて吹き飛ばされて終わりです。それこそ僕なんてあれですよ。企画、編集、執筆、取材、チケット手配、車の運転、カメラ撮影、写真加工…といった現場仕事から、クライアントワークとしての数値報告、交渉事、予算調整、SNSの発信まで作業領域が股裂けるほどの広さになってます。

実感値として精彩に欠ける場面も増え、前回のブログ的な肉体の限界問題も深刻になってきました。アントニオ猪木は言いました。「元気があればなんでもできる!」と。こんなにも真理に近い言葉だったなんて、新日本プロレスnwo全盛期にハマっていた柿次郎少年は何も知らなかったのです…。

えー、どんどん話が逸れてきてますね。本題に戻しましょう。

 

と・い・う・わ・け・で!

 

タイトルの組織に縛られない「編集部隊」の可能性を模索しています。とりあえずジモコロに関しても圧倒的な人手不足。この巨大な時代の流れに対抗するためには、同じ志をもって、強い好奇心と執拗なフィールドワークで記事を作れる人材が必要です。

 

  • ライター編集者としてキャリアがある
  • ジモコロの世界観に共感ができて、より強くしたいと思える
  • オリジナリティのある記事を作って、正しい情報をウェブに残したい
  • 都心部に限らず、地方在住でもコミュニケーションが取れたらOK!!
  • 柿次郎と仕事がしてみたい(物好きな人がいれば!) 

 

募集要項って考えれば考えるほどにうさん臭くなってしまいますが、パッと浮かんだのはこのあたりかなぁと。

理想のイメージは、Webメディアでも取材経験ガツガツ積んでいて、次のステップを目指そうとしている23〜32歳ぐらい。そんな即戦力が世の中に眠っているとは思えないけど。まぁ、年齢、性別、キャリアに関しては実績を見てみたり、会ってみたりしないとわからないので、もし興味がある人がいたら下記問い合わせフォームからご連絡いただけますと幸いでございます。「これが代表作じゃい!」って記事URLが添付されていると最高です。めっちゃ読みます。

 

もう一点。

 

一応きっかけとしてジモコロの場を想定していますが、他の仕事に向けて仲間を募りたい気持ちもあります。既存の媒体なのか、これから生まれるであろう媒体なのか。取り急ぎ、ジモコロを軸に「編集部隊」の可能性を模索しつつ、そこから派生して違う媒体にも取り組む。個の点で活動することには限界がありますし、せめて集合体としての強度を持つことができれば、これからの時代に適応できるのではないでしょうか。

 

f:id:kakijiro:20161201183440j:plain

信頼できるカメラマン(鶴と亀・小林)とデザイナー(中屋)はいます

 

展望としては、雇用関係にこだわらず…フリーランスであったり、組織に属しながら外仕事に力を入れたり、個人ワークの多様性がより広がるであろう2017〜18年に向けて種まきをしたいなーと。個の強さが揃った集団、例えるなら漫画「キングダム」の飛信隊のような編集部隊が作れたら単純に面白そうじゃないですか。

とりあえず個人ブログレベルで発信しますが、そんな簡単に気の合う仲間が集まるほど甘くはないと思っているので、今後いろいろ仲間探しに向けて動いていけたらと思います。こういう覚悟があるぞ!っていう欠片だけでも持って帰ってください。

 

どうぞ、よろしくお願い申し上げます。

「並以上」をやり続けること

雑記

前回のイボについて語ったブログから一カ月と少しが経過した。このままイボストップのまま放置するのはなんだか申し訳ないので、最近耳にして印象に残っている「並以上」という言葉についてまとめてみる。

 

並以上

 

文字通り、並、平均、普通よりも上であるさまだ。平均的な水準よりも優れているさまともいえる。特別な言葉でもなく、比較的よく耳にする言葉。ただ、とあるすごい陶芸家の人が呟いた「並以上を続けないといかん…にゃむ…」というフレーズが脳裏にこびりついている。にゃむ…とは言ってなかったけど、バガボンドの師匠的な佇まいだったのは確かだ。見事な庭、積み上げた実績の上にこそ成り立つ豪邸、そして慕う弟子たち。圧倒的な説得力にのまれた状態では、平易な言葉も強い武器になるのだろう。

 

「俺は並以上をやり続けているのだろうか」

 

この時点で自分がいかに平凡な人間かが浮き彫りになる。当たり前に並以上をこなす、即ちスーパー並以上人間が成功をつかむのが世の常だ。東京はスーパー並以上人間が多い。小石を投げればスーパー並以上人間に当たる。特に中目黒とか恵比寿、渋谷の奥の方に生息している気がするんだけど、みんな何食ってそうなったの?? なんで休みの日に昼過ぎまで寝ないの?? 

 

とまぁ、他人と比較しても意味はないので話を戻そう。26歳の終わりで上京し、金もねぇ、実績もねぇ、コネもねぇ…と散々なデッキで人生の再起に賭けたのが8年前の冬。まだ8年しか経ってないことに驚愕だけど、この間は「並以上」をやってこれたのだろうか。肌感では30歳を過ぎてから。つまりここ3年くらいだと思う。

 

適材適所の環境のなかで誰もやりたがらない仕事を見つけ、逆張りでポジションをつかむ。他人のために時間を使う。誰よりも人に会いまくる。拡げたコミュニティのなかで見聞きした経験談やノウハウなんかを取り込んで仕事に生かす。時には感情をむき出しにして人とぶつかる。成果を出すためにがむしゃらにやる…。並べてみると、泥臭いし、誰でもやれることしかない。ここ最近ではそのやり方を東京から全国47都道府県にフィールドを置き換えて、「並以上」に取り組んできたつもりだ。

 

しかし、自分なりにやり続けているうちに、頭打ちな感覚と無理に拡げてきた反動に襲われることが増えてきた。文脈を端折りに端折ると、それは「体力の壁」で、現状からさらに並以上を続けるためには圧倒的な体力が必要だと思い知らされいる。いまこの瞬間、スマホで駄文を打ち込んでる0時53分の俺が、「もう体力がないとやり続けられない」と無言で叫んでいるんだ!! うわあああ!! 身の回りのパワフルなおじさんたち!遅くまで酒を飲むの当たり前。さらに、ぜんぜんおしっこにいかない膀胱の強さを併せ持ち、体調を崩すことなく一定のパフォーマンスを上げ続けられる生産性の高さ!! 生きるってそういうことだよなぁぁぁぁ!! みんなすげぇよなぁぁぁ!!

 

というわけで、早めにアラートが鳴るタイプの身体だという自覚はあれど、このまま指をくわえておねんねしてる場合じゃない。なぜなら、34歳のこのタイミングで「好奇心」と「社会課題の興味関心」に対するエネルギーが満ち溢れているから。もっと知りたい。国内だけでなく、海外にももっと行きたい。つまり、より多くの人たちに会って話を聞き続けるためにも、並以上の動きを続けるためにも、肉体と怠惰の壁はぶっ壊さないといけない。わかりやすくいうと稼げなくなる。良いおまんま食いたい。

 

だ!か!ら!

 

なんか走ったり、重いもの持ち上げたり、水に浮いたりするぞ〜〜!!

 

年始に立てるよくある誓いを11月末に仰々しく宣言することで、グレーゾーンの覚悟に留めておく。

 

イボが伸びてる、そんな気がする

毎日風呂に入る。銭湯や温泉も大好きだ。そのとき必ず自分の裸を脳が認識し、人間に備わった天然の光学センサーが身体をチェックする。

ここ2年でいえば、極端に筋肉が衰えて、一回りぐらい小さくなった。幽閉された男の風体。まぁ、そのあたりは諦めと溜息を同時に飲み込んで、「いつかジムに通うぞ」の脳内再生で一発解決だろう。

そんな日々のチェックから抜け落ちた事実に気づいてしまった。

胴体にあるイボが伸びてる、そんな気がする。

ヘソの近くに1つ、そして腰の左側に1つ。確かに34歳の年月をこのイボとともに暮らしてきた自覚はあるが…めちゃめちゃイボが伸びてる、そんな気がする。

特に腰のイボは一度カミソリで根本半分を切ったことがあり、肉体と離縁しかけた存在だ。出戻り後、肉体とのネゴシエーションが功を奏したのか、より密接な関係を築いている。すなわち、一度離れた分だけイボが伸びてる、そんな気がする。

気がするどころか、完全に伸びてる。なんだ、これ。まるで身体に乳首が増えたような感覚だし、単純に見れば見るほど気持ちが悪い。

思い立って全身をくまなく光学センサーでチェックしてみると、俺の知らないイボがあちこちに存在感を放っていた。多分だけど、以前認識したタイミングよりもイボが伸びてる、そんな気がする。

この記事を読んでしまった運の悪い人たちも、身体をチェックしてみてほしい。きっとこんなところにイボがあったのかと。引っ越し直後に町を散策するような感覚でイボが見つかるはずだ。そして以前から認識しているイボは、きっとあなたの知らないところで伸びてる、そんな気がしてくる。気がする。

もう34歳なんですよ、僕…私…吾輩…

こんにちは、柿次郎です。

そういえば、先日34歳になったんですよね。もう34歳ですよ。ヤバくないですか。プロ野球選手だったら引退していてもおかしくないし、さらにピーク寿命の早いサッカー選手だったらセカンドキャリアで営業マンの年齢じゃないですか。

課長時代の島耕作るろうに剣心斎藤一ドラゴンボールベジータ(人造人間編)。全員34歳って信じられますか。つまり立派な役職に就いて当然。人造人間編のベジータなんて軸がブレすぎて毎回ダサいシャツ着てるんだから。

さらに言えば、いつまで一人称「僕」を続けられるのか問題ね。最近リハビリ感覚の「私」を用いることもあるんですけど、これがまた違和感バリバリ伝説。なんだろうなー、この「私」を堂々と使える自分の遠さ。とにかく遠いんです。輪郭が見えない。いっそ「吾輩」なんて言った方がキャラクターがつきそうなんですけど、たぶん謙遜込みの「僕」DNAが強い時代なんだと思います。

だって僕ら1982年生まれ、昭和57生まれは全員キレる世代ですからね。酒鬼薔薇聖斗、ネオ麦茶、加藤智大…全員タメです。常にマスコミの電波を通じて「君たちはキレる世代である。極力、謙虚さをもってキレないように!」と諭されてきたわけじゃないですか。そりゃ「僕」が馴染む。「僕」が板につく。これからも「僕」は「僕」であるために、「僕」を自己肯定していこうと思います。

 

この一年を振り返ってみて

33歳の一年を振り返ったら「ジモコロ」しかない。いやー、何度もブログに書いてるから、もう言うことないレベルです。全国あちこち行ったし、イベントやセミナーで話させてもらったり、新しい出会いと情報の連続に「うわあああああああああ」と叫び続けた一年だったかなぁ。あと、あれだ、あれ。

思考は拡大し、肉体は衰えた。

リアルな感想はこの一言に尽きます。自分の限界を知り、文化的な足るを知る。30代後半から40代前半にかけて自分がやるべき道筋が、ピカーンと光を放ち続けているような感覚。後はここに勇気汁を振り絞って、衰えた両足を動かして、新たなモビルスーツ感覚で一歩踏み出すだけです。

ガラリと変えたいこととしては、「外に出て稼ぐ」感覚に時間を費やしすぎて、「家で稼ぐ」感覚がズコッと抜け落ちていたなーと。自宅はボロボロ。モノがどこにあるのかわからない。片付かない一角を無視し、タンスの上澄みの服を着込んで、読まない本を買い続ける生活。こんな人生はクソにファブリーズをかけてるようなもんなので、外と家のバランスを考えていきたいなと思っています。自宅、超大事だぞ。

 

●10月3日(月)の告知

schoo.jp

本日、schoo(スクー)のオンライン生中継にコメンテーターとして出演します。IT系のど田舎暮らしって実際どうなの? そこんとこスクー初の地方ロケを敢行し、高知と奄美大島で働く人たちの映像を作っているようです。21時から無料で観れます!

 

●10月5日(火)の告知

rethinkbooks.jp

今週はもう1本。福岡の本屋@Rethink Books」のイベントに登壇します。火曜日から前乗りして福岡2泊3日。直前に台風18号来週のお知らせが飛んできていますが、友人の発酵デザイナー・小倉ヒラクくん、NPO法人ドネルモ代表理事 山内泰さんと共に何かしら話します! 福岡の民、遊びに来てね!

ジモコロの1年目と2年目の話

こんにちは、柿次郎(@kakijiro)です。

今日は思いつきのゆるい考えをまとめてみました。

--1年目のテーマ

とにかく手探りの1年目。国内旅行も限られた回数しか行ったことのないローカル童貞だったため、全国47都道府県をバランスよく取材する必要がありました。
北は札幌から南は沖縄まで。◯◯地方の区切りでは全部まわって、それでも訪れた土地は23県ほど。地域の課題やまちづくりの文脈を少しずつ理解し、同時に民俗学的な視点で土地を切り取ることが向いてる(=興味がある)ことにも気付きました。
とんでもない世界に足を踏み入れてしまったという怖さも感じつつ、自分の物差しを定義する1年だったと思います。死ぬまで時間潰せそう。
 

--2年目でやりたいこと

2016年5月で丸一年が経過。好奇心優先に動いてはいるんですが、「まだ行けていない土地(東北、中国、九州地方が多い)」を巡りつつ、当初から掲げていた「東京も地元である」を意識した記事制作を考えています。
昨日公開した「中目黒の変な旅荘」はその最たる例。評判が良くて安心しました。

2020年のオリンピックに向けて都市の発展/拡大が加速していく中で、昭和的な価値観があっという間に埋もれたり、気づかないまま消失したりするのがすごく勿体ないな、と。気づいたら「平成」という元号すら過去になるかもしれない、時代の転換期を迎えている気がしています。より昭和を掘り起こすのが楽しくなりそう!ワクワク!
というわけで東京×昭和視点で気になっているのは…
  • 三ノ輪在住の利点を生かした「奥浅草」の文化掘り起こし
  • 日本で3番目に古い地下街「浅草地下街」(浅草地下道株式会社が運営してるらしい)
  • ニュー新橋ビルのテナント移り変わり(アジア系店舗の進出がすごい?)
  • 神保町周辺の「カレー」「コーヒー」文化(単純に住みたい)
  • 過酷な労働力として闇に潜りつつある外国人労働者(オリンピックに向けて拡大しそう)
  • ただただ接点がない銀座の飲み文化(昭和視点の富裕層カルチャーの変化)
挙げればキリがないほど興味関心はあるんですが身体はひとつ。近い視点で土地を見ている仲間が増えないと「こりゃ、終わらんな…」という感じですが、焦らず、じっくり、ジモコロ10年を目指して取り組んでいこうと思っています。
探偵ナイトスクープみたいな「ネタ投稿」、とにかくその土地に詳しい人の「寄稿」(記事買い取り×編集)の仕組みを入れつつ、純度の高い情報を循環させる必要があるかもなぁ。
※ジモコロの編集長おすすめ記事をまとめたので暇つぶしにどんぞ
 

【WEBメディア】ライター、編集、校正・校閲に求められる「美意識」の話

f:id:kakijiro:20160821140259j:plain

【ライター交流会】文章の価値を高める「校正・校閲」作業とは? | Peatix

 

こんにちは、柿次郎(@kakijiro)です。

先日、こんなイベントに参加してきました。WEB媒体のライター・編集者をしていると、なかなか接点が生まれない「校正・校閲」の世界。その理由はWEB媒体の予算の無さ(=体力の無さ)に起因してると僕は思っているんですが、そもそもの理解すら足りないのかもしれません。

 


校正・校閲についてエンタメ要素たっぷりに話してくれたのは、神楽坂にある『鴎来堂』『かもめブックス』の柳下恭平さん。詳しいところはジモコロの記事でも読んでみてください。

一緒に朝まで飲んだり、裸の付き合いをしたり、酔っ払った勢いで自宅に招いたり…とてもお世話になっているお兄さん的な方です。懐に飛び込んでも優しく受け止めてくれる。そこに遠慮なく甘える。こういった距離感で付き合ってもらえている数少ない先輩でもあります。

 

クオリティを上げるために必要な「美意識」

f:id:kakijiro:20160821141625j:plain

さて、柳下さんのプロ論的な話は取材含めた日頃のお付き合いでいつも聞かせてもらっているんですが、今回「参加者」という目線でトークを聞いてみて、やけに深く刺さった言葉があります。

 

「美意識」

 

校正・校閲の世界は「作品をおもしろいと感じたら失格」「虫の眼と鳥の眼を使い分けて、客観的に文章をチェックする」といった感じで、ライター編集者とは全然違った視点で文章に向き合っています。同時に正解のない領域でもあり、筆者や読者、時代性の価値観に「慮り続ける」必要がある。その基準を作るのが「美意識」なのかなと、柳下さんの話を聞いていて感じました。言い換えればプロのこだわりでしょうか。

 

「WEB」と「紙」の議論を起こす根本には…

この美意識の物差しを持ってみたら、兼ねてから議論されている「WEBと紙の対立構造」も腑に落ちる気がします。まず僕自身も属しているWEB媒体。職人性のあるライター・編集者の母数が圧倒的に少なく、限られた予算の中でアマチュアが多く参入している土壌です。また、広報・PRやSEOマーケティングの主語が入り混じって、ある意味カオス的な様相を呈しています。まぁ、発展途上な土壌なので仕方がないんですけどね。

この世界に足りないのは、前述の美意識を持った師匠、先輩の存在です。

やっていいこと、わるいこと。子どもでさえしっかり倫理観を教えないと分からない。ある意味、WEB媒体の節操の無さはここに起因してる気がしてなりません。「なにこの記事? ネットの情報かき集めただけじゃねーか」「この部分、ちゃんとウラ取ったのか?」「ここの文章はリズムが悪い。言い回しも平凡で最悪。やり直せ!」といった厳しい意見は、師匠、先輩の美意識の物差しあってこそ。こういう妥協なき世界の中でどこまで踏ん張れるのか。我慢強さ。粘り強さ。職人性を問われる業種だからこそ、美意識の基準が不可欠なのではないでしょうか。

故に紙媒体の美意識からしたら、WEB媒体の低い美意識に苛立ちを覚える。後から「修正できない/修正できる」の特性の違いが、美意識の必然性を大きく分けたのではないか? こんな仮説も考えられます。

 

美意識が生まれる環境に身を置いた経験

f:id:kakijiro:20160821150642j:plain

出版社や編集プロダクションは、美意識を伝えるために適した組織といえます。「俺の背中を見て勝手に覚えろ」「何かあったらケツを拭くから思い切ってチャレンジしろ」「いざとなったら喧嘩してOK!」みたいな台詞…新人や後輩なら一度は言われたいもんですよね。僕の肌感では、出版社や編プロにはこの空気感が残っているところが多いと思います。

今回のイベント主催である有限会社ノオト代表の宮脇さん。僕の前職の師匠です。ウンコのカスみたいな未熟者のときに教えてもらったのは、美意識に基づいた考え方と技術だったように思います。当時は期待に応えようと必死でしたが、ここ最近宮脇さんに教えてもらった価値観が土台になっているなと感じるばかりで。それこそ「喧嘩してOK」な姿勢は、宮脇さんが身を持って示してくれていました。

ある打ち合わせの帰り道に「ふざけんなよ!」って言いながらカチカチのコンクリートに蹴りを入れてた姿…おっかなかったなぁ…。足痛そうだし。新人時代のクレーム対応も仕事しながらこっそり聞いていて、返答に筋が通ってなかったら「おい!そこで折れるな!電話代われ!」と怒鳴られたこともありました。今では僕が後輩やインターンに同じようなことをしています。電話の内容って雰囲気で分かるもんですね。

 

美意識はどう育むべきなのか?

WEB上に記事が増え続ける中でどう美意識を育むべきなのか? オウンドメディアブームもやや落ち着きつつありますが、「取材なし!画像引用ばかり!これがキュレーションメディアや!」の風潮は止められないでしょう。クラウドソーシングの台頭も同様です。なんたって便利で効率が良い。その結果、ライター編集者の参入障壁が年々低くなっています。教育できる世代がごそっと抜けているため、内製でイチから育てるのは一般的ではないかもしれません。考えられるのは…

  • ライター、編集、校正・校閲の美意識を企業側に根づかせる
  • WEBメディアの予算をしっかり作れる編集者を増やす
  • 美意識を持った編集者、校正・校閲者をパートナーに迎え入れる
  • WEBと紙の境界線を薄くして、美意識の交流を活発にする
  • Googleがクオリティの低いメディアを淘汰する

このあたりなのかなぁと。もちろん僕自身もまだまだ確固たる美意識を持てているとはいえず、今回の気づきを生かしてより精進しなければいけません。数年単位で解決できる問題ではないと思いますが、30〜40代でWEB/紙媒体をクロスオーバー的に活躍している世代が当事者問題として取り組むべき課題ではないでしょうか。

そうしないと「ライター編集者、50代になったら食えない問題」が周回遅れの疫病みたいに降りかかってきそうで怖いです!  みんなでなんとかしよう!

 

【お知らせ】

突然ですが、ジモコロがフェスデビューします。京都の老舗フェス「ボロフェスタ」のプレイベント「ナノボロフェスタ」。8月28日(日)15時15分〜@京都です。フックアップブラザーズとしてブロガー・望月優大さんと一緒に話します。暇な人ぜひ!

[プレイベント]ナノボロフェスタ
日時 : 2016年8月27日 (土)、28日(日)
OPEN 12:00 / START 12:30
場所 : Livehouse nano & Football Bar ラクボウズ & 喫茶マドラグ [MAP]
チケット:
[前売り]一日券 2000円 / 二日通し券 3600円(共にドリンク代なし)
[当日]一日券 2500円(ドリンクなし)

ナノボロフェスタ | [ボロフェスタ2016 公式ウェブ | BOROFESTA2016 Official Web]

 

書いた人:徳谷 柿次郎

f:id:kakijiro:20160511170425j:plain

ジモコロ編集長。大阪出身の33歳。バーグハンバーグバーグではメディア事業部長という役職でお茶汲みをしている。趣味は「日本語ラップ」「漫画」「プロレス」「コーヒー」「登山」など。顎関節症、胃弱、痔持ちと食のシルクロードが地獄に陥っている。 Twitter@kakijiro / Facebookkakijiro916