読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

柿次郎ブログ

どこでも地元メディア「ジモコロ」の編集長として47都道府県を取材してます

知れば知るほどに知らないことが増える

コラムはじめました

ジモコロを始めて1年が経った。30歳を過ぎるとベン・ジョンソンのトップスピードと同じソレで時間の経過が早くなる。そんな風に当時30代の先輩はハイボールを喉に流し込みながら語っていた気がするが、ここ1年に関してはその理論は当てはまらなかった。

走り続けているときはあっという間だったものの、いざ歩みを止めて自分の痕跡を振り返ると、「全然あっという間じゃない。むしろ、ようやく1年経ったのか」と真逆の感覚が残っている。

なぜ、時の経過が遅く感じるのか?

行きのドライブは初めての景色だから長く感じ、帰りは一度見た景色だから早く感じる…。よくあるこの例えを拝借すれば、ジモコロというメディアを任されてから、初めての景色ばかりを見るようになったからだろう。

足を踏み入れたことのない土地を巡り、初めての「人」「景色」「食事」に触れて、その土地の風土を身をもって体験する。いわば刺激の連続だ。ただの旅行でもインプットが多いものだが、こちとら取材という大義名分を背負って動いている。

合言葉は「取れ高」。

背中を押すのも「取れ高」。

嗚呼、「取れ高」の神様…。

インプットとアウトプットを強いられるこの関係性は、記憶の定着や人の関係性をより強くする。そして時に人を疲れさせる。

まぁ、良くも悪くもライター・編集者にとって「取れ高」は欠かせない存在である。八百万ライクな日本人にとっては神様と言い換えても語弊はないだろう。

思い起こせば、プチ高所恐怖症にも関わらず、6mの崖から川に飛び込めたのも、パラグライダーで急降下できたのもすべて「取れ高」のおかげ。常に好奇心とワンセットな憎いやつ。たまに殺意を覚えるから、今度酒の勢いで強く言った方がいいのかもしれない。

一方で、ここ1年で大きなことに気づいたことがある。取れ高の神様のご加護の元、これまで考えたこともないような事柄について知識が増え続けているにも関わらず、同時に「知らないこと」が増え続ける摩訶不思議アドベンチャー。

ちょっと、おかしくないかな? 

知れば知るほどに知らないことが増えるってどういうこと?

本屋に入った瞬間、「こんなに本があるのかよ!読みきれるわけねーだろ!」と逆ギレしたことは誰にだってあると思う。多分ソレだ。結局、これまで知らなかったことは知らないままでスルーできていたのに、知っちゃったもんだから「アレもいつか勉強しなきゃ」と知らないことが増える。

つまり、冒頭で述べた時間の経過が遅く感じる要因として「知らないことがどんどん見つかる」→「学ぶために時間を費やす」→「結果、行きのドライブ状態になる」→「時の流れが遅い」となるんじゃないかと思う。

さらに、このコラムを書き始めてから1時間以上経過しているから、単純に自分がバカなんじゃないかと身震いしてる。今日感じたことはすべて「バカ」の一言で解決できるのかもしれない。困ったなぁ…。頭は良くないけど、バカだったのかぁ…。