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柿次郎ブログ

どこでも地元メディア「ジモコロ」の編集長として47都道府県を取材してます

株式会社バーグハンバーグバーグを退職して独立します

退職エントリー バーグハンバーグバーグ

こんにちは、柿次郎です。

年末の慌ただしいタイミングでのご報告ですが、本日2016年12月27日をもちまして株式会社バーグハンバーグバーグを退職することになりました。

まさか自分が退職エントリーを書く日が来るだなんて…。人生何があるかわかんないですね。

 

2011年10月に4人目の社員として入社

バーグハンバーグバーグに入社して5年2カ月が経過していました。人生で一番長く在籍した会社…と胸を張っていいたいんですが、34歳なのにまだ社会人歴8年なんですよね。

前職の編集プロダクション・有限会社ノオトが約2年間の在籍。上京歴=社会人歴なので「まだ8年なの?」と、個人的に摩訶不思議な時間が流れています。

 

写真で振り返ってみると…

 

●29歳の写真

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●34歳の写真

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玉手箱でもひっくり返したの?

写真で比較すると、たった5年間とは思えないほど顔が老け込んでいました。なんだ。この間に何があったんだ。それほど濃い時間が流れていたのかな? うん、そういうことにしておこう。

というわけで、未熟でありながらバーグハンバーグバーグという会社の成長を間近で見届けてきた者として、まずはざっくりと会社の歴史を振り返ってみようと思います。僕がこれまで何をしてきたのか。その整理も兼ねて。

 

歴史を振り返る

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ちょうど会社の4.4周年パーティーを開いたときに、2014年10月までの社史をまとめていました。小さい文字で恐縮なんですが、ルーペとかで見てください。

 

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えー、バーグハンバーグバーグ入社当時は、これといった分かりやすい仕事がありませんでした。初期の仕事は「なんでもやる人」。総務や経理といったおかん的な細かい仕事から、担当者として記事制作やWEBディレクションまで、自ら仕事を作るようなイメージですかね。

正直、暇があればキャッチボールをしたり、飲みにいったりしていたので最初の一年は遊んでるようなもん。あの時代に戻りてぇなぁ。なぜなら楽だったから。毎日「余裕!」と思ってました。

 

ざっくり僕が関わった仕事で言えば…

 

このあたりでしょうか。

他にも細かい仕事や広報仕事をやっていた気がするんですけど、振り返ると「目ぼしいのこれだけ…?」とビビりました。5年間という長い年月をかけて何をやっていたんだろう。

こうやって仕事の流れを俯瞰すると、ランディングページの広告制作やオウンドメディアの台頭など、インターネット上でコンテンツを作るぞ〜! SEOも絡めて広告価値あげるぞ〜! みたいな時代の流れが強かったなぁと思います。現在はやや落ち着いた傾向にあるかもしれませんが、この領域の仕事に関われたのはとてもラッキーでした。

ちなみに2015年以降はほぼジモコロ専業になっているため、ジモコロ以外の記憶は一切ございません。その記憶が濃厚かつ大量なんだけど。

 

なぜ、卒業するのか?

退職エントリーの肝。これから何度も説明しないといけないことなので一度整理してみました。前提としてネガティヴな理由は一切なく、個人的な気持ちの変化が大きく占めます。

  • 来年で35歳。人生の節目でチャレンジしたかった
  • 二拠点生活を含めた「新しい働き方」に興味があった
  • 家族や健康など、今後の人生を考える上で変化が必要だった

大きな理由としてはこのあたり。もうそこそこのオッサンなのでいろいろ考えますよね。社会人として折り返し地点にやってきた感覚がとにかく強いです。

 

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会社に不満があったわけではなく、むしろこれからもっと楽しくも、面白くもなる状態だと思います。4人だった会社は14人まで増えて、ペンペン草が生えた空き地だったオフィスも、それなりの平米数のある空間に拡大しました。

ステージが変われば、やれることも大きくなる。実際、ここ数ヶ月の仕事は印象を受けます。「妖怪ウォッチ ぷにぷに キャラクター人気投票」や「【漫画】鉄仮面版 Dモーニング」などなど、既存のキャラクターやマンガ作品をここまでイジれるって最高じゃないですか。2017年はもっとド派手なことができるんじゃないかなぁ、と。

繰り返しになりますが、自分自身の人生を振り返り、今後のことを考えると卒業する必然性があった。ホントそれだけです。一度決めたら考えを変えたくない。熊本の血筋である頑固な性格「肥後もっこす」の影響かもしれません。

 

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改めて明言しておきたいのは、バーグハンバーグバーグで経験した仕事、体験した遊びは他ではありえなかったということ。唯一無二の環境だったといえるでしょう。普通、こんな写真撮らないですからね。

 

それこそ編集長をやらせてもらっているWebメディア「ジモコロ」。「公私混同だー!」つって、好きな土地に行って美味いメシを食って温泉に浸かる。その土地の視点、観光的な視点、あえて楽しもうとする環境からジモコロらしい切り口を探す。これだけの裁量を与えられた仕事は珍しいのではないでしょうか。

 

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なおかつ会社は業務中に昼寝2時間までOK、銭湯もOK。オリジナル祝日で休みが多いし、会社の生産活動を止めてまでタイやインドに社員全員で長期の海外旅行に出かけたこともあります。

 

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なかでも、タイとインドの経験は今後一生の糧になるぐらいの体験でした。安いゲストハウスに泊まって、理不尽がギュウギュウに詰まった寝台列車で過ごす。

 

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うちの社長が10年以上前に仲が良かったタイの友人を探したり、気温45度以上の熱波に見舞われたインドをウロウロしたり、意図的に作れるような旅ではなかった。たぶん20年後、30年後もこのときの昔話を肴にして、酒をグビグビ飲めると思います。

 

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詳しくはバーグハンバーグバーグTVの過去ログをどうぞ。

 


 

今後、どうするのか?

まず「ジモコロ」に関しては、引き続き編集長を務めさせていただきます!

独立後は「編集」の経験を生かした幅広い仕事に取り組んでいくつもりです。特にローカル領域の仕事に強い関心があるので、地域課題を情報発信の力でサポートする。プランニング、ブランディングでなんやかんやとか。じっくり課題に取り組んでみたい気持ちもあります。

全国を取材している経験を生かしつつ、テレビ番組「鉄腕DASH」「ブラタモリ」のような、難しいことを分かりやすく伝えられる仕事に関われると最高だなぁ、と妄想中。すぐすぐとは言わずとも、食えないと言われていた分野を食える仕事に変えたいです。めちゃくちゃおもしろいんだけどなぁ。

また、個人的な目標でいえば、ライフネット生命・出口社長の言葉を借りたいと思います。ちょうど昨晩、風呂場でdマガジンを読んでいたら『日経ビジネス アソシエ』に出口社長のインタビューが載っていて、「これこれ!」と改めて膝を打ちました。

脳に刺激を与えるには「飯、風呂、寝る」という生活から、「人、本、旅」という暮らしに移行する必要があります。つまり、たくさんの人に会い、本を読んで、いろいろなところに行って刺激を受ける。そうしなければ生産性は上がりません。これが働き方改革の基本です。

ビジネスパーソンの仕事に、特別な才能は必要ない。必要なのは、好奇心と謙虚な気持ちです。言い換えれば、誰もが伸びる可能性を持っています。「知ることは楽しいことだ」と思える人は、さらに伸びると思います。自分は賢い、何でも知っていると思ったら、学ばなくなります。

特別な才能や表現的なセンスもない自分が、上京後からゼロベースで這い上がってこれたのは「知ることが楽しい」と思えたことが大きな割合を占めます。人を知りたい。仕事を知りたい。土地を知りたい。歴史を知りたい。とにかく好奇心を第一に行動してきた積み上げが、自分の引き出しになっている。

出口社長が常に語っている「人・本・旅」というキーワード。ジモコロという仕事は、すべてを満たしています。好奇心を原動力に動けば動くほど歯車が噛み合う。こんな体験は32歳を迎えるまでなかったので、人生を変える大きなきっかけといえるでしょう。環境が人を変え、視野と価値観を広げる。この延長線上に自分の人生を賭けてみたいと思っています。素晴らしい仕事を与えてくれたアイデムさん、ありがとうございます。求人会社として僕が人生変えられてる!良い会社!

 

最後に

というわけで長々と語ってしまいましたが、何よりも感謝の気持ちを伝えたいのは暗黒の大阪時代に「50万円貯めて上京してこい!」ときっかけをくれた社長のしもやん(シモダテツヤ)です。人生のフックアッパーは彼以外に考えられません。

詳しくはCAREER HACKさん、HRナビさんのインタビューに載っています。

 

― 常に理不尽に付きまとわれる人生だったわけですね。

そうですね。この世で一番理不尽な人で現バーグハンバーグバーグ代表の「シモダ」っていう人がいて、その出会いでやっぱり人生がガラッと変わりましたね。

シモダに「今日から柿次郎って名乗れ。柿次郎って名前のやつ、この世の中におれへんやろ?」って。要はただの嫌がらせなんですけど、本気で半年間くらいずっと嫌がっていたら、他のスタッフも便乗してくるんですよね。さすがにめんどくさくなって、名刺の名前を「徳谷洋平」から「徳谷柿次郎」に変えて、ネット上でも「柿次郎」を名乗り始めました。

― 「柿次郎」への改名で、理不尽を乗り越える力を身につけたわけですね。

イヤ、厄介なのが、名付け親のシモダが「おい、洋平」って本名で呼ぶんですよ。こんな理不尽なことってありますか?

 

紫原:そういえばバーグ社員の一人、徳谷柿次郎君は、地元大阪でボロボロの生活を送っていたところを、シモダ君から「このままでいいのか、50万貯めて上京しろ」と毎月の貯金額を報告するExcelファイルが送られてきて、それが上京の転機になったと語ってました。

シモダ:そんなこともありましたね。本当にお金を貯めて上京してきたので世話の焼きがいがありました。ただ、その後、バーグに入社してからの反抗期が一番ひどかったのも彼ですけどね(笑)。一時期はお互い、必要な場面以外では極力話をしないような、夫婦で言えば倦怠期みたいな時期もありました。幸い時間も経って、今では丁度いい距離でいられるようになったと思います。変な話、僕がどうしようもなく落ち込んでるとき、一度めんどくさい関係になったことがある社員ほど、真っ先に連絡をくれたりするんですよね。

そう。一時期、反抗期の塊だったんです。先日二人で飲んで改めて感謝の気持ちを伝えるとともに、何度目かの謝罪をしました。

上記インタビュー通り、20歳で出会ってから14年間にわたって喜怒哀楽の感情をぶつけあったのは彼ぐらいだと思います。夫婦とか恋人とか、いろんな比喩表現が頭に浮かぶんですが…家族関係に難ありな生い立ちの僕にとって「兄貴」と「親父」の役割2つを担ってくれていたわけで。そりゃ、感情の衝突も家族級にもなりますよね。

同時に元々何者でもなかった僕に、さまざまな機会と環境を与えてくれたことには感謝の言葉しかありません。それこそ上京せずに大阪で暮らしていたら、いろんな闇に飲み込まれて腐っていただろうなぁと思います。環境はマジ大事。運良くBルート(上京)の人生を歩むことができて命拾いしました。ありがとうございます。

 

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山口くん、原宿さん、チッチ、永田くん、加藤くん、ARuFaくん、持永さん、甲斐ちゃん、かんちくん、ギャラクシーさん、長島さん、ざんっち…その他オモコロスタッフや仕事で関わった皆さま…

 

5年2カ月の間、めちゃめちゃお世話になりました!

 

 

※仕事のご相談含め、何かあれば連絡ください〜

Mail:kakijiro(a)gmail.com 

Twitter@kakijiro / Facebookkakijiro916

 

書いた人:徳谷 柿次郎

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どこでも地元メディア「ジモコロ」編集長として全国47都道府県をまわってます。趣味→日本語ラップ / 登山 / 漫画 / プロレス / コーヒー / 民俗学 Twitter@kakijiro / Facebookkakijiro916